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支援活動インタビュー

tactics recordsで行なった支援活動「作戦SMS」で出会った学生の高石さん。学校を卒業し入社前に石巻で支援活動をされたとのことで、その活動内容や感じたことをお話いただきました。

まずきっかけから教えてください?

支援活動インタビューBRAHMAN(tactics records)の支援活動「作戦SMS」をツイッターで知って、物資を集めていた場所と学校が近かったのでお餅を持って行ったことがはじまりです。そのとき、TOSHI-LOWさんと被災地のことや支援活動の話をしてもらうことができて。 12月25日に、tactics recordsでの餅の積み込み作業を手伝って下さいっていうツイートを見て、前日にBRAHMANが京都でライブだったから人手が足りないだろなと思って参加もしてて。そして3月27日にRACCOS TOKYOでTOSHI-LOWさんと再会して、石巻出身の友人といっしょに現地で何かできないかと考えてることをTOSHI-LOWさんに話したら、石巻で支援活動を続けるゆかりさんを紹介されまして、そしてその友人といっしょに現地で活動することになったんです。

どういう活動をしましたか?

支援活動インタビューまずRACCOS TOKYOから2日後の3月29日に石巻に行きました。大学を卒業して、入社までの間に行こうと思って。
石巻に到着すると午後1時から3時まで、ゆかりさんと共に稲井公民館で子供たちとお菓子作りをしました。サブレやクレープを作ったり、お母さん方と話をしたり。そこで話してくださったのは、こういうお菓子作りなどのイベントが避難先で暮らす子供たちの息抜きになっているってことでした。お母さん方も津波で家を流され近所付き合いなどのコミュニティーを失い、子供たちの通う学校もバラバラになってしまった今、このような催しが、以前からのコミュニケーションの場になっているって話も聞くことができて。

支援活動インタビューその後は、石巻の大曲という地区の友人の実家へ行きました。
まず友人の実家のあった場所を訪ねると、そこは津波に流された何も無い場所でした。
元々、住宅街だったそうですが、見渡す限りまだ何もありませんでした。そういえば船は打ち上がった状態のままでしたね。実際に行ってみないと分からない、胸がグっとしめつけられるような、何て言えばいいのか言葉になりませんでした。
そして、友人の家族が住んでいる自宅へ伺いました。そこは行政が仲介している避難先となる貸家でした。そこは津波が到着したすぐ近くで、いま、もし大きな地震が起きて、また同じような津波が来としたら…。

この日はそこで宿泊されて、2日目は何をされたんですか?

支援活動インタビュー2日目は午前中から建物のペンキ塗りの手伝いをしました。津波の被害にあった店を、新しいオーナーさんが別の店に立て直すということで、その塗装のお手伝いでした。壁には2階部分まで津波の跡がありましたね。
そこは飲食店で、元のオーナーさんは自分の家からその店が見えるほど近くに住んでいらっしゃいまして。元オーナーの旦那さんは思うようにして結構ですよと言ってくださっているそうなのですが、奥さんは、子供のように育ててきた店という気持ちをお持ちのようで、お店を見るのも辛い、造り変えることにも受け入れられないような心情も残っているとのことでした。
そのような状況もあり、元オーナーさんのご自宅から見える店の屋根とか上の部分は塗装せずに、建物の下部分だけをペンキで塗りました。
昼過ぎにその手伝いが終わると、お店の新しいオーナーさんと門之脇小学校を訪れました。
この小学校も津波でめちゃくちゃになったそうですが、津波の避難対策がしっかりしていて、みんな無事だったということです。そして、津波に流されたオーナーさんの家があった場所を案内されました。そこも…何もありませんでしたね…。オーナーさんの話では、家の2階だけが工場(日本製紙)で発見されたとのことです。津波の後に家のあった場所を確認したところ、いたるところに遺体がある状態だったそうで、赤い旗を立てていったと話して下さいました。言葉になりませんね。また胸が締めつけられて…。

実際に現地に足を運んで思ったことは?

支援活動インタビューTOSHI-LOWさんの言っていた「なんでもいいから行って見てきたほうがいい」と言う意味がよくわかりました。見て体感すると、思っていたものとは全然違うものがあって。 そして、そこでゆかりさんに言われたことが印象的で「被災地にいない人が大変大変って言うけど、被災地での大変って言う意味はその重さが全然ちがう」と。実際、現地に行くとそれは凄くそう感じることができました。
現地で見たものは想像やテレビで伝えられているものと、被害や状況の比例が合っていないというか。そこで伝えられるのはほんの一面で、実際はもっといろんなことが起こっていて。今回のようなかたちで行ってみて思ったことは、大きなボランティアの募集で行くのもいいですが、それだと、もしかしたら現地の方々との話が届きづらいかもしれません。僕は、小さい単位で参加できて、地元の方々と密に触れ合うことができて、たくさんの話ができました。そして、知り合うことができて、僕自身が繋がることができました。また、現地に行きたいです。そして、あの飲食店がオープンしたときは、そこでオーナーの自慢の料理を食べたいと思ってます。

最後に、現地での活動は始めてだったということですが、終えてみてどんな気持ちですか?

支援活動インタビュー前から石巻の友人もいたし現地に行って支援したいと思っていたんですが、学校の卒業とかで忙しかったり、なかなかきっかけを持てなかったというか。でも、「作戦SMS」がきっかけとなって現地に行くことができて。
そこで思ったことは『ボランティア』って言葉がちょっと難しいというか。TOSHI-LOWさんやゆかりさんにも言われていたんですが、ボランティアって言葉が仰々しくて、それに縛られて、なんか一歩を出し辛くしてることもあるのかなと。
さっきのオーナーの方の話では行政はお願いしたことをわかりましたって言っても仕事みたいな感じの受け答えでなにもしてくれないと言っていて。
それで、今回やってみて、きっかけも小さなことからでいいし、現地に行ってみて何でもいいからやってみるっていう、「ペンキ塗り手伝ってよ」みたいな簡単な話だし、一緒にお菓子を作ることだって、そういう簡単なことが喜んでもらえることで、そして復興の力になれるんだってことを感じることができました。

今日は入社式の準備で忙しいところありがとうございました。

4月からは病院で働くんですが、今回いっしょだった友人は地元の石巻の病院での勤務が決まっています。また時間を見つけて、あの街へお手伝いをしに行きたいと思っています。

2012年3月31日
幡ケ谷再生大学復興再生部本部にて

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